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音楽リスナーとしての好不調・スランプってないですか?

日記エッセイ音楽2020/05/16/11:59

 掲題の通りなのですが。そんなことをふと思いました。

「音楽聴く気分じゃない」とかそういうのとも違って、音楽聴いたときに、それを由来に能動的な行動や発想が出てくるか、みたいな。

 演奏にはそりゃまぁ好不調あると思うんですよね。ブルースばっか聴いてたら下手になった、とか、前日にめちゃくちゃ筋トレで追い込んだらマジムリ、とか、姪っ子にいいところ見せようとしてバグった、とか。

 リスニング行為自体はたとえ能動的に行ったとしても、結局は受動的な行動なので、あまり一過性の調子のアップダウンとかはなさそうな行為に思えるけど、まぁ実際あるっちゃけっこうあるよね。

 野球で言うなら(無意味な例え)、走塁にスランプはないと言われがちだけど、実はあるよね、みたいな。

 ここまで書いてみて、とても普通のことしか言えてないなぁ、と思い始めました笑。

 ただね、この前某曲を聴いてるときに、普段の自分ならとても出てこないようなその曲への形容がふと思い浮かんで、あ、今リスナーとして好調なのかも!と思いまして。

 あくまで受動的なリスニング行為が契機となって、どれだけ主体的で能動的なアクションやアイデアに繋がっていくか。それに関しては日々、波があるのだなぁというザックリとした感想でした。

 自分はレビューブログをやっている程度で、評論家でもライターでもないけど、日々の中で、自分の好きな音楽に対してちょっと調子いい感じの説明とか、良し悪しや好悪とは別の言語化とかをできたら楽しいとはそりゃ思います。もっとそういう瞬間がほしいな!という感じです!

 ちなみに今は、無為にiTunesをシャッフルしてるだけで、何にも繋がっていかないリスニングです笑。




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日本でクラプトンの名言とされている「ステージに上がったら」云々への疑義

日記エッセイエリック・クラプトンEric Claptonギター2020/05/06/01:39

 日本のSNS上でかなりの数のアカウントが感銘を受けている、エリック・クラプトンの名言とされる「ステージに上がったら自分が1番上手いと思え。そしてステージを降りたら自分が1番下手だと思え」というやつ。

 これは何なの?ソースは?出典・典拠は?どれだけ調べても不明、というかEC信者として、どの時期のクラプトンだとしても、和訳のニュアンスを考慮しても、彼はそんなことは言わないと思う。その確信は強い。ただあまりにも流布し過ぎててどうしようもない。それでも一信者としてクラプトンが誤解されるのは嫌だ(そもそもの音楽性や演奏への評価だって、世界でこんなに過小評価と過大評価を同時並行で受けている人はいないでしょうに)。

 そして、もし本当に言ったのであれば自分の不明を恥じて謝りたい笑。これから長々と色々書きますけど、自分の間違いだったら笑い飛ばしてください。

状況の整理


 まずはツイッターで「クラプトン 名言」で検索すれば、この名言(仮)が非常に巷間に流布しているものだとわかるでしょう。そしてそのいずれにも一時ソースがない。あるURLは「ミュージシャンの名言bot」「ロックの名言集」みたいなものだけ。当然、その先にもオリジナルはない。「クラプトン 名言 ソース」などで検索してもその事実性に疑いを持つ人はいない。

 出回っている名言(仮)に表記ゆれは基本なく「ステージに上がったら自分が1番上手いと思え。そしてステージを降りたら自分が1番下手だと思え」というもの。そして何故か“Think that you are the best when you are up on the stage. When you are off the stage, think that you are at your worst.”が原文として出回っている。

 でもツイッターにせよグーグルにせよ、この原文(仮)を二重引用符で括って検索しても日本の情報しか出てこないし、「clapton quotes」とかで検索しても同様。

経緯は不明だが、やっぱりでっち上げとしか思えない


 ただね、この名言(仮)が存在したとして、クラプトンですよ?ダニー・コーチマーが言ったわけでもジョー・メイフィスが言ったわけでもジョージ・シャフラーが言ったわけでもないし、ましてや俺が言ったわけでもない。一次ソースがウェブメディアでなく映像作品や雑誌インタビューだったとしても、彼がこんな名言風な文言を発したなら100%文字起こしされてどこかしらの海外のウェブに載ってないわけがない。

 なのに、どう探してもその名言(仮)の紹介は日本人によるものしか現世には存在しないんです。原文とやらの部分部分をキーにしたって日本しか出てこないです。

 だからね、出回った初出はいつか知らんけど、やっぱ捏造だと思うんですよ。このクラプトンの名言は。例えば別の日本人ミュージシャンの発言をクラプトンってことにした悪戯っ子がいたとかじゃないかなぁ、って思います。原文とやらはもう知らん。

信者として


 ただね、今まで書いたのはまぁ一種の状況証拠だけど、自分的にはさっき言った「どの時期のクラプトンだとしても、和訳のニュアンスを考慮しても、彼はそんなことは言わないと思う」っていう状況証拠以下の感覚が一番強い。

 いや、言わないでしょう。ステージ上で気負っちゃう人ではあるけど(ギター・マガジンのJ.J.ケイルとのインタビューで本人がそう言ってます)、「自分が1番上手いと思え」あるいは“are the best”なんてポリシーの人とは思わないって。今までアルバート・リーとかデレク・トラックスとか、問答無用で自分より上手い人を連れて行ってるんだから笑。

 まぁ確かにキャリアは非常に長いので、色んなマインドの時期があったとは思うけど、やっぱりどの時期にも言わないって。

 あえて言えばクリームの頃かなとも思うけど、でも「ステージを降りたら」(あるいは“are off the stage”)って要するに「練習」局面での云々でしょ?クラプトンってあんまり「練習」って言葉が似合う時期ないんですよね。

「クラプトンのギターは2004年が最良説(次点で1994年)」説の自分ですが、じゃあクラプトンが1993年あるいは2003年に練習しまくったか、ってそんなイメージが湧くわけない。

 とにかく、これだけ様々なキャリアを持つ人によるものとされている名言(仮)がこれだけ広まってしまっている以上、何年のどういう局面、どんな活動、どんな編成のメンバーでやっていたときのものか、明らかにならないと。本当にクラプトンが言ったとして、意味合いも受け取り方も変わるでしょう。そこが判明しない限り、眉唾としか思わないし、なんの疑義も抱かれずに流布し続けているのは信者として耐え難いのです。

※書いててふと素朴な疑問を持ったのですが「流布」は自動詞にも他動詞にもなるようです。


ちなみにこれは僕がEC信者たる証。高3の時にtokaiのストラトのフロントピックアップをレースセンサーゴールドにしました。


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